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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3334号 判決 1966年12月20日

原告 木村実子

右訴訟代理人弁護士 前田政治

被告 学校法人国際聖マリア学園

右代表者代表理事 フランシスコ・サヴィエル・ボアトラ

右訴訟代理人弁護士 稲沢宏一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金八〇万円およびこれに対する昭和四一年四月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とするとの旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告と被告とは、昭和三九年一一月七日、東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第七六六六号家屋明渡請求事件において、左のような条項による和解をなした。

(1)  原告(右事件被告)は被告(右事件原告)に対し後記の建物についての賃貸借契約が昭和三八年一二月三一日限り期間満了によって終了したことを認め、昭和四〇年二月二八日限り明渡すこと。

(2)  被告は、原告の右明渡後、右建物を再築を目的とした解体を為し、三週間以内に原告の指定する場所(但し東京都内に限る)に運搬して譲渡すること。

(3)  原告が第一項の期限までに明渡を完了しないとき又は前項の場所の指定がないときは、原告は前項の権利を失い、被告が第二項の義務を履行しないとき(右解体及び運搬が著しく不完全で再築不能のとき)は被告は原告に対し金八〇万円を支払うこと、但し原、被告又はその代理人が右解体に立会い異議があれば直ちに之をその場で申し入れること、右申入がないときは原告は被告に対し右違約金の請求はできない。

(4)  以下省略。

東京都港区芝伊皿子町六三番地一五所在家屋番号同町六三番八

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

一階三〇坪六合一勺

二階一四坪八合三勺

二、原告は右和解条項第一項に基づき昭和四〇年二月二八日午前一〇時右建物内の家財を搬出して明渡した。

三、然るに被告は右期限に原告が明渡を完了していないとして、同年三月四日明渡の執行を為したとの通知を為し来った。そこで原告は被告に対し直ちに建物を解体し、原告現住所に運搬するよう通告し、かつ右和解条項第二項に所定の明渡後三週間以内である昭和四〇年三月二二日到達の内容証明郵便を以て解体建物の運搬先を原告の現住所と指定する旨の通知をなした(なお三週間の期間の末日は三月二一日であるが同日は日曜日である)。

四、原告は右和解条項第一、二項を履行しかつ、被告は同条項の第二項の履行をしないのであるから同第三項によって、被告は原告に対し金八〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年四月二三日から完済に至るまで民事法定年五分の割合による損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として請求原因第一項は認める。同第二項否認、同第三項中被告が原告主張の日に前記建物の明渡の強制執行をなしたことおよび原告主張のような内容証明郵便がその主張の日に到達したことは認めるがその余の事実は否認する。同第四項は争うと答えた上、次のとおり陳述した。

被告方では前記建物明渡の強制執行を為すに当り明渡期限経過後の同年三月一日右建物に赴いたところ右建物は雨戸がすべて締められて玄関には鍵がかけられてあった為、当時の原告代理人弁護士に対し、被告代理人から再度にわたり明渡を求めるため連絡をなした上履行がないので同月四日強制執行をなしたのである。その後同月七日原告から引越したとの挨拶をうけた。原告は、和解条項第一、第三項により昭和四〇年二月二八日までに建物を明渡し、かつ解体物件の運搬先の指定をなすべき約のところその何れも履行しなかったのであるから金八〇万円の請求権はない。原告は解体物件の運搬先指定の期限を明渡後三週間以内と主張するが、和解条項の定めは右のとおりであり、若し原告のように解するならば、三週間の最終日に運搬先の指定がなされた場合被告はその期限内に運搬義務を履行し得ない不合理が生ずる。

右に対し原告訴訟代理人は次のとおり述べた。

被告は原告の建物明渡の事実を否認するが、和解条項に昭和四〇年二月二八日限り明渡すこととあるのは、占有を移転する意思表示又は通知をなすの必要なく、前記建物から退去すればよいという意味であり、原告は右建物から退去した際被告に通知をなさなかったが、被告は、隣に居て原告が退去するのを知っていたのである。

また、原告が退去した際建物に施錠したのは保安上の必要を認めたからに外ならない。

かりに「明渡」が、被告に対する通知立会等を要するとしても、原告は昭和四〇年三月七日前記建物より退去したことを伝えており、わずか数日の通知の遅れをもって和解条項第二、三項の原告の権利を否認し強制執行に及んだことは、信義誠実の原則に違反し、権利濫用のそしりをまぬがれない。

理由

当事者間に、原告と被告が昭和三九年一一月七日、東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第七六六六号家屋明渡請求事件において、原告主張の条項通りの和解が成立したことは、争がないところであり、原告は、右和解条項に定められた条件が成就したので和解条項第三項に定める金八〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまでの民法所定の損害金の支払を求めるというにあって、右和解は本件弁論の全趣旨から調書に記載されたものと認められるから、右和解条項の記載は確定判決と同一の効力を有するのであり、原告は重ねて給付判決を求める権利保護の利益を欠く筈であるが、本件訴訟に於ける当事者の主張および弁論の全趣旨によれば、和解条項所定の条件の成就につき当事者に争があり執行文付与の訴又は執行文付与に対する異議等の争訟も当然予想されるから、このような紛争を解決するため再訴の利益なしとは言い難い。

そこで原告主張の条件の成否について判断する。

原告は右和解条項により、期限内(昭和四〇年二月二八日)に目的たる建物を被告に明渡したことおよび、右明渡後三週間内に解体した建物材料を運搬すべき場所を指定したこと、被告が明渡後三週間以内に右材料を指定場所に運搬しなかったことの条件の成就により原告に金八〇万円の支払義務が生じたというのであるが、右和解条項第三項によれば、原告が第一項の期限(昭和四〇年二月二八日)までに明渡を完了しないとき又は前項の場所(運搬の場所)の指定がないときは、原告は前項の権利(建物を解体して指定場所に運搬の上譲渡をうける権利)を失い、被告が第二項の義務(指定場所に明渡後三週間内に建物を解体して運搬譲渡)する義務を履行しないときは被告は原告に対し金八〇万円を支払うこととなっていて、被告が建物を解体して所定期間内に原告指定場所に運搬譲渡すべき債務の不履行を条件として支払われるのであるが原告が右物件の運搬譲渡をうける権利は原告がその以前に行うべき建物の明渡又は運搬場所の指定を昭和四〇年二月二八日までになさなかった場合は、原告は右権利を失うのであるから、原告が右期限を懈怠したときは金八〇万円の請求権はない筈である。

しかして、原告が昭和四〇年二月二八日までに目的たる建物を明渡したことも又同日までに運搬場所の指定をなしたこともいずれもこれを認めることができない。すなわち、原告は建物の明渡というのは建物から退去すればよく、保安上建物の戸に施錠したままでも明渡に変りがないというが、通常裁判上の和解に於て建物を明渡すというのは当事者間に建物の占有の移転をなすことをいい、本件のように賃貸借契約の終了による建物の明渡をなすには、建物を原状に復して貸主たる被告が使用収益をなしうるようになすべきであり、和解調書の記載に明渡の意味につき特別の合意が示されていないのであるから、右の趣旨に解する外はないところ、原告は所定の期限たる同年二月二八日の午前一〇時家財を搬出して建物より退去したが建物には鍵をかけたままであり、被告に対して何らの通知をなさなかったことは原告の主張自体明らかであり、たとえ被告側の何人かが原告の建物からの退去を目撃していたとしても被告が右によって建物の明渡を完了したとは認めがたくその他には右期限内に目的たる建物の明渡をなしたとの主張も立証もない。

また、解体物件の運搬先の指定については和解条項第二項により同年二月二八日までになすべきこと明らかでこの点に関する原告の見解は採用し難いところ、原告は右期限までにかかる指定のなされたことについては何らの主張をしない。

したがって原告は所定の期限内に建物の明渡も運搬先の指定もなさなかったのであるから、これによって解体建物の運搬譲渡をうける権利を失い、被告にはこの点についての義務はないこと和解条項により明白であり、被告に信義則違反ありとはいえないから被告の解体建物運搬譲渡義務不履行に基づく違約金八〇万円の支払を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用は敗訴した原告の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任)

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